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2005年04月03日
■痛々しいヤシが

とりあえず、まあ、ココを読め。

自分の経験が世界の普遍であるとは限らないことくらい、大抵の人間はわかっているものだと思うが、どうやらそうじゃない痛々しい奴もいるらしい。
また、さらに痛々しいのは、その経験から導き出した経験則とやらが、甚だ滑稽なものである点だ。

まず私は欝の一部の人に対して、かなりの嫌悪感があるということを告白しておく。その嫌悪感の原因は欝の人たちの多くは欝であることを免罪符としようとしていることにある。 欝だから何何しなくてもよい、欝だから私に対して他人は何何してはいけない、何何言ってはいけない。 また、欝であることは全くなんの不利な点がないという人までいる。

しかしそんなのはうそだと思う。

鬱であることを免罪符にしたくてしているわけではないということを強く言いたい。
本来の自分なら出来ることが出来なくなっており、そのことを苛立たしく思い、しかしながら、現実に出来ない自分を直視せざるを得なく、認めざるを得ないのである。
その結果、自分に対する負荷を軽減せざるを得ず、心苦しいながらも、周りの人間に頼ったりするわけである。
このくだりは甚だ悪意に満ちている。
鬱の人間を貶める発言であるとしかとらえようが無い。
オレの方があんたにかなりの嫌悪感がありますが何か?

そして次。

実は私自身、欝欝した毎日を送っていたし、病院に行こうか迷っていたときもある。 しかし私は生物学を勉強していたし、また機械論者であったのであったので、ここの人と同様、『「うつ」はれっきとした生物学的病気である。つまり内蔵疾患などと同等に認識されるべきである』との考え方をとっていた。 そして、私の周りを見てみても欝っぽい人のほとんどは生活がむちゃくちゃ、つまり食事がいい加減であったり、睡眠のとり方が悪かったりしていることが多いということに気づき、そして私自身そうであることに気づいた。 その後私自身は、早寝早起きと食事に気をつけそしてできる限りかるく運動することで今のように精神の平安を取り戻すことが出来た。

これを持って、

生活習慣が普通でも欝になった人がいるかもしれない。しかし私は自分の経験上(駒場の友人を見て)、生活習慣起因がほとんどだと思う。なので欝の人にはもう一度自分の生活習慣を見直して欲しい。他の人に文句を言って甘えるのではなく、そういう当たり前のことからはじめるべきである。

としているのだが、果てしなく意味がわからない。
つまり、甚だ非論理的なのである。
ここで記述されている事実をつまみ上げてみよう。

・鬱っぽい人は生活習慣が乱れている
・駒場の友人を見て、鬱は生活習慣に起因するという経験則がある
・自分は生活習慣をただすことによって、鬱々とした気分から抜け出せた

ハァ?('A`)
みなさん、意味がわかりますか?('A`)
つまり、どうやらこういうことを言いたいらしい。
鬱っぽい人は生活習慣が乱れているから、鬱は生活習慣に起因するものである、と。
さて、客観的に見て、このような結論を導き出すのは、どう考えても材料が足りない。
鬱々とした気分=抑鬱状態であるのかどうかが不明。
鬱っぽい人=鬱病であるのかどうかが不明。
鬱が生活習慣の乱れを引き起こすのか、生活習慣の乱れが鬱を引き起こすのか、全く持って判断がつかない。

そして、抑鬱状態にある人間を考えてみる。
抑鬱状態に陥ると、健常な状態と比較して、能力が低下することは否めない。
健常な状態では簡単にできたことも、抑鬱状態では恐ろしいほどの労力を要することも珍しくない。
そして疲弊し、動く気力も体力もまったくもって削がれる。
さて。
このような状態で、健全な生活習慣を保つことが可能であろうか?
少なくとも、単独でそれを行うことは、甚だ難しいと考えざるを得ない。
とするならば、鬱っぽい人の生活習慣が乱れることは珍しくないと考えられる。
つまり、抑鬱状態にある場合、生活習慣が乱れることは考えられる。

それに対し、その逆はどうであろうか。
オレ自身が鬱であることから、イロイロとそれなりに鬱に関して調べたことがある。
しかし、未だに、生活習慣の乱れによって鬱が引き起こされるという内容のものは、ついぞ見かけた記憶がない。
また、生活習慣が乱れることによって鬱になるということ自体、どうしてもイメージできない。
そして、以下のような意見もある。

生活習慣と鬱病の関連についてですが、直接的に生活習慣が鬱病の 原因とはなりません。逆に鬱病になった結果として、生活習慣が乱 れることはあります。

どうにも、この立場のほうが正しいように見えるのだが、いかがだろうか?
要するに、

原因と結果を混同してはいませんか? 鬱病の人に不規則な生活をしている人が多いから、 不規則な生活が原因となって鬱病という結果になった、 という結論に達するのは少し乱暴な論理だと思いませんか?

ってこった。

また、

『「うつ」はれっきとした生物学的病気である。つまり内蔵疾患などと同等に認識されるべきである』

というくだりで、同等の意味を取り違えているように思えて仕方がない。
どうやら、内臓疾患などと同等に生活習慣の乱れによって引き起こされる、と続けたいようだが、それならば、同等ではなく同様という言葉を使うだろう。
それでも無理があるが。
ここで言っているのは、鬱という病気はドーパミン・アドレナリン・ノルアドレナリン・セロトニンといった循環系物質の不調和のために起きるという意味合いで、生物学的病気であると言え、すなわち、内臓疾患などと同等に、怠惰や惰性などによってもたらされる怠け者がなる病気として貶められることなく、一般的病理として認知されるべきである、ということではないのだろうか。
事実、抗鬱薬とは、セロトニンの再取り込みの抑制やノルアドレナリンの分泌の促進といった効果を持ったものである。

なお、なんか抑鬱状態と鬱病の関係について混乱しているみたいなので書いておきます。
抑鬱状態とは、一つの症例であり、病名ではありません。
鬱病に典型的に見られる症例であることは確かです。
ただ、鬱病であっても、抑鬱状態には陥らず、身体的症状のみが現れる場合があります。
これは仮面鬱と呼ばれるものです。

さて、一般の方々はどのように見るのでしょうか。
ご意見お待ちしています。

投稿者 邑波。 : 2005年04月03日 04:00

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コメント

すげー阿呆を発見しましたねこれ。。。
学生の頃は今なんかより全然生活習慣が乱れてましたけど、鬱なんかにはならず逆に全然元気でしたよ。
という実体験からこの阿呆には返す言葉もありません。。。( ゚Д゚)y−~~

投稿者 SCU : 2005年04月03日 08:42

これまたすごいな…
SCUの言うとおり、私も学生の頃はひどかったけど
48時間ぶっ続けで遊んでも、次の日体動いてたし

まぁ若造の戯言だね

投稿者 RICO : 2005年04月03日 21:45

なんかこの記事に対する反論らしきものがかかれたのですが、揚げ足取り合戦しても意味無いし、言いたいことは言ったのでこれ以上特に書きません。
で、オレも昔の方が酷かったな。
逆に、最近の方がやたら生活習慣に気を遣っている気がします。
時に、主観的 書評ブログから TB いただいたのですが、こっちから送ろうとしたら 302 エラーとかいって発生して成功しない罠。
302 ってなんのエラーかわかんないけど。('A`)

投稿者 ゆ。 : 2005年04月04日 12:26

>ゆ様

「主観的 書評ブログ」の管理人です。

すみませんが、アメブロの調子が悪くて、現在ではこちらからもトラバすることができない状態なんです。

問い合わせのメールも何度か送っているのですが、全然返答がありません。

もうしばらくお待ちください。

投稿者 デミアン : 2005年04月10日 12:17

わざわざありがとうございます。
でも、何度かメールして返答がないって、あまり期待できそうにありませんね。(;´Д`)

投稿者 ゆ。 : 2005年04月10日 12:55

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